THE LIFEFUMIO TAKASHIMA
ダイアリー2026.7.15

何が平等か

先だっての新聞記事に小学校の遠足で女児が脱水にも関わらず、学校側が生徒に勝手にお金を使って水を買わせない(つまりお金を持たせないという平等)というので親と学校側が揉めているというのが載っていた。こういう場合、いつも思うのだが平等とは何なのかと。学校側はあくまでお金を持たせない、勝手に使わせないが平等の観点なのだろうが、では片方の側面から各生徒は全員同じ体格、体質なのかというと各自バラバラなはずで、水分補給も各自に適したタイミングと量が必要ではないかと思う。そこに平等とは何ら関係のない事実がある。新聞では両者の言い分が載っているだけで、善悪は述べていなかったが、自分ははっきりと学校の怠慢であると思う。たまたまその子は帰宅後病院で手当を受けて命に別状はなかったが、命よりも優先させなきゃいけない平等とは何なのかという議論に行き着く。仮にお金は持たせないというのならそれでも良いが、生徒の健康管理を預かる学校側が、もしもの対策をしていたのか?そういう時は学校側が立て替えてでも飲み物を与えるべきではないのか?今でも変な校則があるのだろうが、髪の色、髪の長さ、下着の色、スカートの長さ、本当に色々あるが、時代に則さない校則はどんどん変えなきゃいけない。たまたま昔はいなかったが、今でこそ西洋人の金髪の子が入学したら髪の色を黒に染めさせるのか?おそらくそんなことをしたら人権侵害になるだろう。またこれだけ猛暑が続く日本になってしまった。部活なども含めて熱中症対策は学校側は必須だろう(昔はよく水も飲ませずウサギ飛びとかやっていたものだ)。

こういう理不尽な平等悪は何も学校だけではなく、今だに日本中にあることかもしれない。行政にしても何事も説明責任が果たせるように入札という仕組みをとるが、片方で談合という弊害も生んでいる。また新興企業が公共事業を受けるには非常に難しく、半ば入札という名の馴れ合い慣習みたいなところもある。まぁ、今更嘆いても仕方なく、いずれ遠い将来には無くなるのだろうが、大きな話は別として、子供たちの健康に関わるようなことなどは日々改善していかなくてはならない。記事に載っていた小学校の校長、担任、何をか言わんやであるし、管轄の市の教育委員会。早速変えんかい‼︎