よもやま話②

今でこそAV(アダルトビデオ)はネットでいくらでも見れる時代になったが、その昔は日活ロマンポルノというのがポルノ専用の映画館で鑑賞できるようになっていて、昼間っから多くのスケベオヤジや怪しいカップルがいたものだ。70年代には「団地妻シリーズ」というのが流行り、いわゆる高度成長期に出来たような巨大団地が舞台になり、団地内でのエロい事象がストーリーになっていた。やはりあの頃の団地といえば高島平が圧倒的で、あとは全国にいろんな団地が出来ていった中での身近なストーリーが受けたのだろう。従って、「団地」という言葉への妄想が膨らんだのは確かである。また五月みどり扮する下宿の未亡人おばさんシリーズも受けたものだ。もちろん当時のポルノ映画は前貼りをしながらの絡み撮影だったらしく、今のAVより生々しくはなく、多少コントじみていたり、洗濯屋ケンちゃんなど、いわゆるサザエさんに出てくる三河屋さん的な人がその対象になっていた点が昭和っぽくてほのぼのとしていた。
またTV番組も11PMやギルガメッシュ、芸能人寒中水泳大会などでは地上波でオッパイまでは堂々と放映していた。すっかりその手の番組は消えてしまったが今どき放映したらもの凄い批判がくるんだろうなぁ。また漫画でも少年ジャンプに掲載された永井豪の「ハレンチ学園」は当時にしてはぶっ飛んだエロ漫画だったように思う。その後児島みゆきを主人公にたてドラマ化された。
一般映画でも「極道の妻」始め、大物女優や歌手がヌードになるケースも多く、一つや二つくらい脱いでいる方が大物っぽい感じがしたものだ。
それら一連を思い出すと、なんか当時は世の中今に比べるともっとフランクで大らかだっただったように思える。もっと言えば平和だったなぁと。70年代前後の話であるが、まだコンビニがやっと出来てきた頃で、街にはビニ本(エロ本)の自販機が置いてあり、その表紙だけが街灯の下で艶かしい想像を掻き立てさせてくれたのを覚えている。またその隣くらいにはコンドームの自販機が「明るい家庭計画」のキャッチコピーと共に並んでいた。そんな時代に戻ることは無いのはわかっているが、そういうものが表に出なくなってアングラになればなるほど、様々な犯罪の温床になったりしている現実もあるし、ユーモアのない即物的な行為が増えたように思う。そこには情緒も文化のカケラも無いのが現実だ。世の中が臭いものに蓋をしようとする風潮はわかるが、人間の欲に絡んだものは必ずや蓋をした壺のヒビから染み出してくるのである。戦争がいつまでもなくならないのと同じだ。
実は何故こんな話を書くかというと、先日亡くなった好きな評論家山田五郎さんとか愛川欽也さんにもっとこういう話をして欲しかったからだ。「アド街ック天国」や「なんでも鑑定団」は大好きな番組だが、こういう世俗的なウンチクを語れる人がどんどん少なくなってゆくのは寂しい限りだ。タモリさん、みうらじゅんさんや安西肇さんあたりにも語ってほしいものだ。