東海道行脚 パート2(興津〜豊橋)

三年前のGWに日本橋から静岡県の油比まで東海道を歩き、いずれ京都か大阪まで歩こうと思っていたが、ようやくパート2を歩くことになった。
4月30日 初日(興津宿〜静岡16K)
まぁ初日ゆえに足慣らし的な感じでスタートした。やはり歩くにはシューズが大切で今回はonのクラウド6というシューズを選び、アキレス腱のサポートにRedDr.のARCH PADというインソールを使用し、足の裏のアーチをカバーした。
パート1と今回の大きな違いはホテルを上級ホテルにしたこと。地元の良い店に行くことにした。何故なら、まぁ独り旅ではあるのだが、歩き疲れて東横インやAPAではどうしても気持ちが沈みがちで、やはり歩く旅=シャビーは違うと思ったのである。ましてや修行僧でもない。歩くというのは単なる移動の手段の選択であり、節約ではない。従って移動以外のことはそれなりのレベルでというのが今回の旅だった。
昼は清水港で海鮮丼を食べ、静岡の夜は少し良さげな焼き鳥に行った。そこの大将の紹介のスナック椿に。なんて事のないスナックだったが、それなりに楽しめた。ホテルはアソシア静岡。
5月1日 2日目(静岡〜藤枝22K)
このエリアは清水エスパルス、藤枝東高校、ジュビロ磐田と続くサッカーエリアである。なぜ静岡が強いのかはわからないが、サッカーボール型のモナカが売っていると聞いた。
基本的には旧東海道をメインに歩くのだが、宇津ノ谷峠越えは山の中の獣道みたいな道だったが、当時の様子のままの宇津ノ谷集落は興味深かった。この日はランチに恵まれず、ホカ弁になったが、名も知らない小さな公園のベンチで食べるホカ弁は美味かったし、少し横になっていると吹いてくる風がとても心地よかった。夜は藤枝市内の居酒屋にしたが、地の桜エビや鰹などとても美味かった。次の日は雨予想だったのでいろいろスケジュールを考えながら独り新茶割りを楽しんだ。
5月2日 3日目(藤枝〜掛川 路線バスの旅)
この日は朝から雨予報だった。パート1で初日に雨に降られ、ちょっと辛い歩行だったので、まぁ何も修行僧になる必要もあるまいと思いバスを選んだ。電車でも良いのだが、それだと30分ほどで着いてしまうので面白くない。時刻表を調べると1本ではいけないらしく3本のバスを乗り継いで行くことにした。3時間ほどの旅になりちょうど良い。途中暴風雨のようにもなり、歩かなくて良かったと思ったが、バスの中からもあまり景色も見えず、やはり雨はダメだなと思った。乗り継ぎの待ち時間を利用し地元の食堂で食べた「ロースステーキ丼」は美味かった。
掛川駅について「葛城北の丸」という旅館の送迎バスに乗った。今回の中で一番高い宿泊だが、YAMAHAリゾートの旅館で古民家を集め建てた立派な旅館である。温泉に浸かり、地酒を楽しみ、ゆったりくつろいで2日間の疲れを癒した。
5月3日 4日目(葛城北の丸〜浜松28K)
本来、掛川まで戻り、浜松に向かう予定だったが地図を見ると旅館から直接浜松に行くルートの方が風光明媚だと思い旧東海道からは外れるが、太田川を下るように歩いた。しかし、単に歩くという行為だが実際に歩いてみると道というのはとても大事だ。歩道がなく車の多い道はストレスが溜まる。また景色も重要だ、日本全国にありがちなロードサイドチェーン店の多い国道沿いもつまらない。そういう意味では太田川の堤防を歩いていると野の花や風、流れる水面など気持ちが良い。いわゆる歩いていて楽しい道だ。なぜ人々が川の近くに住むようになるのかわかる気がした。天竜川にかかる1.5Kの「かささぎ大橋」を渡り、「にはち」という美味いうどん屋で桜エビのかき揚げうどんを堪能し、浜松に南下して歩いた。ホテルはオークラアクトシティという市内で一番高い建物だ。たまたまその日が「浜松まつり」の初日らしく街は賑わっており露店などがたくさん連なっていた。ネットで調べ気になった店を予約したが電話口の感じが少し怪しかった。行ってみると案の定、オカマがやっている店だった。店の名前は「宙SORA」、主人は聡(さとこ)。スタッフもオカマだ。「ま、美味けりゃいいや」と思っていたが、実際に美味かった。やはりオカマは気遣いと会話が上手い。あっという間に他のお客さんも含め盛り上がってしまった。
5月4日 5日目(浜松〜鷲津21K)
前の日が楽しくて深酒だったのでスタートは10時近くになってしまった。ま、仕方がない。
前半浜名湖までは単調な道だ。途中新幹線と並行して走る道など、あまり面白くはない。
本来は浜名湖だけに鰻を食べるべきなのだろうが、この日は朝食も遅かったせいかランチは食べずに歩いた。だいたい5Kで一度の休憩をと思っているが、昨日の疲れも深酒もあったせいか微妙に辛い1日だった。ホテルはグランドメルキュールという湖畔のホテルにしたが、GWで混んでいるせいもあるが最悪だった。ファミリー感満載で子供達が騒いでいるし、エレベータは列待ちだし、ましてや夕食までレストランはビュッフェ形式でとても食う気になれない。タクシーに乗り地元の「居酒屋 宿」に出かけた。またこれが大正解で、女主人のももちゃんが愛想良すぎる。料理も素朴なものがイチイチうまい。気持ちよく酔っ払ってホテルに帰った。宿泊代は高かったが、朝食もファミリーごちゃごちゃを想像するのも嫌なので放棄した。
5月5日 6日目(鷲津駅〜豊橋駅18K)
さぁ、最終日だ本来の旧東海道とは離れているが途中で合流するので、真っ直ぐに豊橋を目指すことに。朝めしを食わずにきたのでコンビニで赤飯おにぎりを1個食って歩き出した。変哲もない道が続く。日本の道路は本当に歩行者に適していない。歩道がない幹線道路は多い。歩いていてもストレスがある道だ。あと歩道橋もすごく多い。歩行者に階段を登らせるわけだが、車椅子の人への対応はできていない。この交差点は通るなと言わんばかりだ。自転車道も含め、歩行者にも優しい道路行政は強化すべきだと本当に思う。なんだかんだ思いながらいつの間にか愛知県に入り、ランチは地元でどれくらいの評価なのか知らないが「豊橋カレーうどん」を食べた。うどん、山芋、ご飯などの上にカレーがかかっている。まぁ、申し訳ないが不味くはなかったくらいだろうか。3時前には豊橋に着いた。18Kという距離もあるがやはり先ずは10Kを越すとやれやれだ、あとは残り5Kを切るともうalmost doneだ。何とか体の支障もなく着く事ができた。いやぁ歩いた、歩いた105K。
最終日のホテルはアークリッシュ豊橋。17年前のオープニング時に泊まったが、今だに劣化せずに気持ちよく泊まることが出来た。また夜は流石に居酒屋系も飽きたのでワインビストロ「GRIS」という店に。美味しかったし、ワインも美味かったがワンオペなのでシェフとあまり話すことも出来ずに盛り上がらなかったのが残念だ。何となく疲れもあったし、コンビニで買い物をし部屋飲みで旅の総括をすることに。余談だが今年のGWを甘く見ていた。2日前に帰りの新幹線を取ろうと思った時には豊橋→東京はもうほとんど満席だった。かろうじて今日の昼のこだまが何とか取れた次第だ。
6泊7日の東海道旅パート2が終わった。正直、駿河路、遠州路という横長な静岡県はあまり面白くはなかった。良くも悪くも普通の県ゆえに変化に乏しい。しかし、江戸時代の旅人はこの長い距離を終われば江戸に、あるいは京都に近さを感じたであろう。実際自分の旅も京都まであと190Kだ。次は尾張の国だ。そして鈴鹿山脈。伊賀や甲賀の忍者の里もある。京に出るまでどれだけの苦労をしながら江戸の人達が旅をしたのか。秋か来春には次に進みたい。
あともう一つ、歩くという人間の単純な動作が良いスピードだ。2本の足を動かすだけでさまざまな所へ行ける。こんな便利なものを持っているのに、人々はあまり使わない。そして今人々の旅はほぼデジタル的だ。誰も景色など見ていない。列車や飛行機の中ではスマホ。しかし、歩いているとき見ているのは景色だ。山や海や河、田んぼや畑、あるいは街並みや家並み、そこに垣間見る人々の暮らし。この1週間、自分の目に入ったものは良質だったように思う。スマホを見る時間も圧倒的に少なかった。
最後にもう一度、俺は決してケチケチ旅をしているのではない。移動手段に歩くという手段を選んだだけだ。そしてそれは136年前に東京⇆神戸間に鉄道がつくまでは当たり前だった、いやそれしか無かった。今や旅は宇宙へ行くとか、リニアで名古屋まで45分だとか速さや距離を競っているが、そういう時代だからこそ、一番遅い移動手段である歩くというものがあるのではと思う。車窓の景色どころか全ての景色を見ながら旅をする。終わった今、贅沢な気分に浸れているのは何故だろう。歩く旅にラグジュアリーを垣間見た。