THE LIFEFUMIO TAKASHIMA
ダイアリー2026.6.3

台風だしヒマだなぁ

朝から土砂降りで出かける気にもなれない。夜は予定があるが、朝から自転車をパッキンングしただけで、あとはダラダラしている。

昼過ぎに知り合いから電話があり、仕事に協力して欲しいと言われたが今の脱力モードの中、「うーん、今さらちょっとなぁ」という応えをしといたが、ほんともうあと15年ほどの人生、誰かや何かにお仕えする気持ちにはなかなかなれない。70歳になった日を区切りにしたような気持ちなのだが、もういいだろう。一応世の中に常識という範囲はあるので、逸脱するようなことはしたくないが、面倒なことや、堅苦しいことはお断りなのだ。これも先日10歳くらい若い友達からヨットをやらないかと誘われた。これも、やるのはいいけどおそらくまともにヨットのことを覚えた頃には80歳を過ぎているんじゃないかと思うと、もうそれは意味がないのではないか。おそらくディンギーと呼ばれる小さいヨットで練習するのだろうが、ちょっとそういう苦労はもういいではないかと思うのだ。

そう言えば、最近ショックというか寂しいというか、そんなことがあった。たまたま駒沢公園に走りに行ったので、昔住んでた田園調布の家を見に行ったら、なんと取り壊されていた。自分の人生の中で一番魂を込めつくった家、また7人の大家族で住んでいた家、一番油の乗った40代、50代を過ごした家だ。隈さんの設計だったこともあり、建造物としてもいい建物だった。惜しむくらいなら売らなきゃよかったのかもしれないが、今は都心に住んでいるから、今あの家があったらセカンドハウス的に改装して多くのアートを楽しんでいたかもしれない。まぁ、しかし、売ったことも自分の人生の選択の一つだ。悔やんでも仕方のないことだし、もう他人様の持ち物だ。ただ思い出が消えてゆくのは寂しいものだなぁと思ったのである。2年後には新しく我が家が出来上がるだろう。もうそれが最後の家だ。今思うのは何も無駄なものを置きたくないということだ。洋服然り、アート然り、本然り、雑用品然り。賃貸含めあと2回引越しをするのだが、その度に始末していこうと思う。

自分の会社も同じだが実は10年、つまり80歳までには終活すべきものは全て終えようと思っている。世代を超えて残してゆくもの、換金するものを整理し、その先々の方針まで決めておこうと思う。継いでゆく娘や孫達にもきちんと伝えたい。お金、不動産、アート、車、趣味と実益で集めたものだが整理しないと残された方も大変だろうと思う。実は親父が残したものが実家に置きっぱなしになっているものも処分しないといけない。親父からは何をどうしろというような事を聞いていないので、こちらも迷うのである。だからこそキチンとしとかなきゃと思うのである。

台風でなんとなく1日がすぎてしまいそうだが、いろいろとぼーっとしながらも考える日だった。