俺の原風景

自分にとっての原風景とはやはり山だろうと思う。山といっても登山するような大きな高い山ではなく、いわゆる里山みたいな小さな山で急な登り坂があるわけでもなく、なんとなくの山である。幼少の頃は近くに丸山というハゲ山があり、何かと見渡せるので登ったり、冬はスキーをしたりしていた(と言ってもリフトもなにもないが)。小学校低学年の頃は琵琶山というのが丸山の隣にあり、ここは山の中に沼が2ヶ所あり、なにかしらよく出入りしていたが、ある日クラスメイトが古い畳をイカダがわりにして遊んでいて溺れて死んだのがとても悲しかったが、それほど、山というのは子供達の身近な遊び場だったのである。その琵琶山は宅地造成で沼もろとも崩されて今は戦没者の記念碑だけが残る公園になっている。その後小学高学年となってからは少し離れた自衛隊の駐屯地裏の山によく行った。そこは少し大きな(広いと言ったほうが良いかもしれない)山で、その山の中にも沼(池かな)があった。何かと食い物もあり、山栗やぐみの実などを取りに行った。また沼には鴨がいて、5、6人で鴨を獲りにも行った。いわゆるパチンコと言われるゴム製の武器を作り、みんなで一斉射撃して狙うのだが、当たった鴨が飛び立ったあとバタバタと落ちてきたのを追いかけるという野趣に富んだ遊びだった。沼にいる食用蛙を捕まえて焼いて食べたこともあった。野生の文鳥などもいたが、これはなかなか捕まえられず苦労したが、弓矢やお手製の手裏剣、木刀など、とかく何かと自然と対峙していた。またこれは山深い場所ではなかったが、大木にいわゆるツリーハウスを作り、そこを棲家と称してお菓子などを備蓄し出入りしていた。またいろんな山が宅地造成で切り開かれてゆくと山には大きな岩がたくさんゴロゴロ現れるようになり、我々山の少年隊はダイナマイト造りに専念するようになった。ダイナマイトと言っても所詮浅知恵だから、適当に爆竹を分解し火薬を集めそれを新聞紙で固く巻き上げて導線をつければお手製ダイナマイトの出来上がりだ。それを持って大きな岩のわずかな割れ目や隙間にそれを仕掛けて火を付ければ一気に大きな岩が割れるのである。そのうち火薬がもっと欲しくて何故か近所の瓦工場にあることがわかり、工場が休みの時に忍び込んで黒色火薬を失敬して作ったこともある。今の世の中から考えれば大変なことをしでかしていたと思うが、山の中は広大な遊び場だった。今から思えば自然に遊び場を拝借していたようなものだが、随分と楽しませてもらった。孫達の遊びといえばゲームだが、自分たちは山だった。その頃の体験を孫たちに教えることもないだろうし、おそらく孫たちも興味はないだろうが、弓矢の作り方くらいは教えてやりたいなぁと思う。竹とタコ糸があれば作れるのだが…
そんな小学校時代の山の思い出が自分の原風景だ。一見野蛮な子供時代に見えるかもしれないが、自然からは実に多くのことを学んだ。その学びがその後の人生にどう影響したかはわからないが、何事も自分の手で一度は試してみようと思ったり、生き物との対峙には知恵と工夫を凝らさなきゃいけないこと。ある意味、生きていく為の創意工夫の素は全て足元に転がっていることなど。
今自分は都心から1時間以内で行ける場所に山小屋が欲しいと思っている。もちろん昔みたいな遊びをするわけではないが、素朴でシンプルな山時間も欲しいと思っているからだ。薪を炊き、音楽と本に没頭し、あまり最新鋭の文明機器はおきたくはない。また山の恵みをシンプルな料理に仕立て味わいたい。もちろんクマに襲われないような場所にしたいが、襲われたら運が悪いと思うしかない。
なぜこういう文を書きたくなったのだろう。おそらく心のどこか片隅にあるあの風景が自分を呼んでいるのじゃないだろうか?歳をとるとどんどんピュアになってゆく、きっと何かがあの頃の山の楽しさに呼び戻してくれているのだろう。