THE LIFEFUMIO TAKASHIMA
ダイアリー2026.3.12

空虚な世の中、尊きものを見つめよう

いつの世も時代は流れている。AIがどうのこうの言っても、いつか世の中は変わってしまう。自分の人生でもどれだけのページがめくられた事か。テレビや洗濯機が家に来た、電話がついた、車が来た、カラーテレビ、ステレオなど暮らしが近代化していった昭和の時代。どんどん暮らしが変わっていった。そしてガラケーが出てきて、それまでは家にある黒電話だった連絡手段が一気に変わった。女子との連絡もイエ電を通さなくても良くなった。世の中のコミュ二ケーションはダイレクトに個人とできるようになり、世の中は一変した。いつでも相手にメールで連絡も出来、または話すこともできるようになったのだ。そして20年前にiPhoneの登場。アプリが出来、Lineでは今まで以上に簡単にコミュニケーションが出来、電話もタダでかけれるようにななった。またSNSが登場し、普段のみんなの生活やさまざまな情報が発信されSNSなしでは生きられないという人が現れた。この60年近くを思い出してもテレビの登場からSNSまで、このくらい世の中は激変したのだ。そう思えば、次なるAIが登場し、今後5年くらいではAIエージェントが様々な要求に応えてくれるようになると思う。またロボットが様々なところで活躍し、工場は24時間従事するロボットや、ファミレスで配膳やテーブルクリンネスをするロボット、タクシーやトラックなどは自動運転になるだろう。今コストの値上がりが激しい建築業界も、現場作業はロボットの登場で大幅にコスト減と工期が早くなる。また人々はチップを体に埋め込み、日々の健康状態は一目でわかるし、病院とは24時間つながり健康上の問題がある時は事前に知ることができる。空飛ぶタクシーも出来、スムーズに早く移動もできる。その他いろいろあるだろうが、これからは激的に世の中が変化してゆく。自分はあと15年位しか生きられないだろうから、どこまで享受できるかはわからないけど、逆に15年なら今のままでも良いような気もする。これ以上新しいことに対応できるかどうかが不安だ。

しかし、こんな風に世の中は変わっても、人間そのものが3本足や6本足になって生まれるわけではない。なんら今までと変わらない体で生まれてくるはず。そして文明が進めば進むほど、逆に世の中は無機的な状態に近づき、有機的なコミュニケーションや体の触れ合いなども無くなってゆく。便利と引き換えにそんな極めて空虚な世の中になってゆくような気がする。時代が進むのは何ら否定はしないが、人間が本来持っている触れ合いや有機的な魅力が無くなるのは困る。そんな時代が来ても尊重できる大事な人間としての基本は失わないでほしい。タワマンに住んでいるのでエレベーターで先に乗っている人がいれば「こんにちは」と言うようにしているが、「こんにちは」と返してくれるのは半数くらいだ。「おはよう」「ありがとう」などの挨拶ができない人が増えていると思う。挨拶という最も対人関係の初歩をできない人が多いのだ。いくら文明が進もうとも、人への気遣いや、思いやりは忘れてはいけない。文明が進んだ時、同じように人間は大事なことの整理をしなければいけない。尊きものは何なのか、無くしてはいけないものは何なのか、未来へ繋いでいくべき事は何なのか。そういう事を忘れてまで文明だけが進んでも人は豊かになれないのではないだろうか?時代とともに人間の価値観も変わるだろうが、失っていけないものはいけないと掲げて欲しいものだ。