そこじゃないのよー

昨夜はタイから戻り、初めて訪れる渋谷の和食屋に行った。何しろ1週間ほど前に通りの看板だけで予約をしておいた店だ。Googleで料理や店内の写真は見ていたので不安もなく入ってみた。まぁ、今風の和食高級居酒屋的な感じだ。最近はこの手の店が増えたなぁと思いながらも飲み物を頼み、メニューを眺めた。まぁ、一通りの前菜から、刺身、焼き物、揚げ物、煮物、ご飯などを見て、素材別にいくつかの料理を頼んでみた。刺身、飯蛸、牛たん、筍、かますなど。まずは刺身で小さめに切った刺身が1人前ずつ出される。で、飯蛸は蛸の上に野菜のきんぴらが乗っていた。そしてタケノコは春巻きになっていたが、まぁしっかりした春巻きの皮で、今までの料理に加えるとボリュームが大きかった。そしてカマスの炭火焼きだが、これも上に野菜の炒め物が乗っている。この辺で「うーん、違うなぁ」と思い始める。そして牛タンだ、これがまぁ、なんと今までの料理に対してあまりにボリュームがあり過ぎだ。そしてお腹もふくれたので、締めの炊き込みご飯が来るまで燻製の煮卵を頼んだ。ちなみにカウンターに座ったので目の前で調理しているのが見えるのだが、まずは卵の座りがいいように両端を切り落とし、煮卵を二つに切ったが、中の一番うまい黄身が包丁にベットリついたのを布巾でふき取り半分ずつ上向きに皿に並べ出してくれた。「あのさぁ、端っこの切り落としとか黄身とか、美味いとこ無駄にしてるやん、それもったいないやん」
そして、よーくメニューを見てみると全てのメニューが「〇〇〇の〇〇〇」、「〇〇〇と〇〇〇」になっている。つまりストレートな単品が一つも無いのだ。俺が食いたかったのはズバリ「カマスの炭火焼き」だ。上に野菜の炒めものなど乗せなくていい。筍も筍の焼いたのが食いたかったのに、太い春巻きなどにしなくていい。食べなかったがそら豆も「天豆の〇〇」になっていたし、ポテサラにもなんかいろいろ飾っていた。そら豆だけでええやん、ポテサラには何もするな。つまりこの店は素材本来の持つ良さをこねくり回して潰している店だった。「これは料理人の自己満だなぁ、それで値段を取っているのかぁ」と理解した。しかし、これがトレンドだと言われればそうかもしれないが、味は中途半端、料理のボリュームばらばら、単品なしとまことに不可解な店だった。まぁ、文句を垂れるより違う店に行けばいいと思い、店を後にしたが、どうもこの手の和食屋が増えてきたように思う。俺はこねくり回してごまかす店には行きたくない。少し高くてもいい。日本一のそら豆、日本一のカマスの塩焼き、日本一のポテサラを出してくれる店に行きたいのだ。そしてそういう店は家賃の高いとこじゃなくていい、通りの裏でひっそりとやってて欲しい。それこそが本来客が求めているものじゃないだろうか?素材そのものだけでは単価が取れないと思うのだろうか?そら豆もポテサラも1000円は払うよ。美味いカマスなら5千円は払うよ。それくらい原価はかかって当たり前だと思うよ。とにかく小細工がなくて美味いが絶対条件の店が欲しいなと思うよ。
※写真はソースの上に素材を乗せたもの。ソース要らねえよ。