郷愁の街香港

新聞で香港の民主派政党が無くなるという記事を見た。本来はイギリスと中国の約束で2047年まで一国2制度が守られるはずだった。2010年頃、会社の本社を香港に移し、自分も住居を構えるつもりで6年ほど日本と行ったり来たりの生活だった。個人的にはいずれ中国になるけど、自分の生きてる間にはならないと思い、香港の永住権を持ちたいと思っていた。ところが中国は国家安全法なる法律を作り、イギリスとの約束を反故にしてしまった。2020年のことであるが、それから香港の様相は変わってきた。富裕層は他国に移住したり、また本土から人が流入し、街の様相も景色が変わってきた。多くの外資系企業などがアジアの拠点を置いていたが、続々とシンガポールに拠点を移す企業が増えた。住んでいた当時は生活に慣れるにつれ、地元を親しむようになり、休日はトレッキングに行ったり、大浪湾というところにサーフィンに行ったりしていた。また住まいも3度ほど変わったが、どの街も楽しいローカルの深さがあった。もちろん香港人も本土の人とは違いプライドもあったし、文化レベルも高かった。いろんな財閥系の人にもお世話になったし、日本とは違う国際的な街を楽しめた。たまにシンガポールも訪れていたが、やはり香港の方が深みを感じるし、日本との距離もちょうど良い感じだった。
しかし2014年には雨傘運動で120万人が本土寄りの香港行政府に対し反政府運動を起こしたが、首謀者達は逮捕され、権力によって押しつぶされてしまった。「アップルデイリー」というローカル新聞は外国人含め人気のある新聞だったが、その創業社長も逮捕され、今でも拘束されている。そうやって自由と民主主義は徐々に剥奪され、とうとう政治も共産党一色になったというわけだ。
2003年に香港に店を開けた時からもう22年が過ぎた。自分の歴史の中でも少し遠いおぼろ気な印象になりつつある香港。また訪れると思うが、もう深い関係ではなくなった街のようで寂しい気持ちだ。最初に訪れたのは40年ほど前だが、以前の街なかにあるので有名な啓徳空港に降り、まだ工場が多くあった香港だった。今は地下鉄のどの駅にもたくさんの高層ビルが建ち、豊かな生活を営んでいる。住民の人達はそれなりの変化を許容しているのだろうが、自分にとっては残念だが過ぎ去った街になってしまった。